考え中

まったく公共性のない備忘録

Clouds of Sils Maria

邦題は『アクトレス 女たちの舞台』。女優を女優が演じる複層的な構成の映画。

 

英語タイトル「シルス・マリアの雲」、フランスなど地域によっては「Sils Maria」のみがタイトルになっている。シルス・マリアはスイスの地名で、山と泉に囲まれた山岳地帯の景勝地である。主演ジュリエット・ビノシュの劇中の役名は「マリア」で、この地との一体感を作っている。

 

渓谷に流れ入る「雲」は、その季節に運が良ければ見ることできる自然現象で、映画の中の大事な記号なので詳しくは書かないが、この映画の劇中劇のタイトル「マローヤのヘビ」のインスピレーションにもなっている。英語タイトルのClouds of Sils Mariaはそれである。

 

マリアは円熟した大女優で、実力もある。マリアと一体をなすような関係を持つマネージャーのヴァレンティーン(Valentine;クリステン・スチュワート)は、通称Valである。スイスのシルス・マリアの辺りは言語圏の交差するところで、Valは渓谷(Valle)の名前として使われている。マリアがマローヤを見渡す地で見失ったヴァレンティンを、Val, Valと叫びながら走り下りるシーンには、その意味の重なりがあるのかもしれない。

 

ヴァルは、マリアのスケジュールを調整し台本読みの相手もする。若い感性と才覚にマリアは全幅の信頼を寄せている。若い女性はもうひとり登場する。「マローヤのヘビ」でかつてマリアが演じた若くしたたかな美しい女性シグリッドを演じることになるジョアン(クロエ・モレッツ)である。

 

リメイク版で、マリアはシグリッドに追いやられる上司役で、つまり、かつて自分が劇中で追いやった中年女性を演じる年齢になっているのである。マリアの心中は複雑で、その複雑な内面的葛藤が、この映画の大きなテーマになっている。

 

マリア、ヴァル、ジョアンの3人の女優は、それぞれ互いの分身のように呼応している。ジョアンはかつてのマリアの役を演じる。ヴァルは劇中劇の台本の読み合わせをするが、マリアの家の居間で、ヴァルがジョアンのパートを読む。その台本の中のシグリッドのセリフと、現実のヴァルとが重なり合い、セリフなのか現実なのか、徐々に分からなくなるような場面が増えていく。

3人の三重奏は、カノン(パッヘルベル)が3重に奏でられることでも明らかである。

 

ジョアンの恋人は妻帯者で、その秘密の関係を知った40代の妻の自殺騒動というスキャンダルにまったく動じることなく舞台の役作りをする。劇中劇「マローヤのヘビ」で女上司(40代)を追いやる役柄と、現実の不倫相手の妻を追いやるジョアンのしたたかさは重なる。

 

若さ、女優としての転換期、そういう単純な言語表現では表しきれない喪失感を、ジュリエット・ビノシュが濃いめに演じる。マリアがヴァルの案内で、山頂に辿り着いて美しい自然現象”マローヤのヘビ”を見ているとき、ヘンデルのオンブラマイフが流れる。