リハビリ送りとなった
レントゲンから総合病院へ送られ、MRIへ送られ、血液検査も念のために挟み、全部の診断結果が出た。
骨もその他の組織も以上がなく、血液も「きれい」(と言われた)だし、異常がない。つまり関節が固まって炎症が起きている。対処方法は、曲げるリハビリをして可動域を増やしながら治すしかないということだった。
新たな試練である。
総合病院ではリハビリはやっていないので、個人の病院に送り戻されるという。最初の病院に再度行くか、その診断書を別の病院に持っていくか、どちらでもいいという。
仕事日だったので仕事終わりに職場の近くの病院に聞いてみると、症状によるので見てみないと分からないとのことで、とりあえず予約してみた。
自分で曲げることが大事だという。曲げようとしても痛い。
半田赤レンガ建物
旧中埜家の別荘を引き上げて、名鉄の次の駅である住吉町駅に近い赤レンガのビール工場跡地にできた博物館+食堂+ショップへ行った。

ここは中埜家の洋館より早い時期、1898年の建築物である。横浜の赤レンガ倉庫はじめ数々の日本の近代建築を手掛けた妻木頼黄(よりなか)が携わったビール工場の産業遺構である。幻のビールとして復刻もしたカブトビールの工場だった、
カブトビールを製造販売していた丸三麦酒株式会社という会社は、中埜又左衛門(ミツカン第4代)がその甥(盛田善平)に声をかけたことから始まり、その赤レンガ工場は修繕で蘇り、ビール醸造の歴史を伝えている。

ハーフティンバー様式、先程の住宅は漆喰壁だったが、工場は赤レンガで埋めた外壁が赤く、目立っている。
この中は、ショップとカフェ、奥に工場の歴史を伝える道具や商品、資料の展示(有料)がある。3部屋に分かれていて、奥の3部屋めが映像解説資料の視聴室になっている。その映像を先に見ると良い。理解したうえで他の2つの展示室を見ることができる。
映像資料では、工場の建物の工夫、関わった人々、当時の船運の開発やビール文化の様子、博覧会への出展、戦時中の困難、被弾したレンガ壁の創などが一気に学べる。情報量が多いので建物情報だけ記録しておく。
工場の壁にはコルクやおがくずが埋められている箇所もあり、三重の壁の内部には空気を貯めるための層がある。こうした工夫によって温度湿度の管理がされていたという。
有料エリアを出たところ、裏で入り口付近にその壁を見ることができる場所がある。

この壁を出たところに、被弾した痕が残る壁がある。

有料エリアに戻り、天井を見ると、映像で教えてくれた通り、梁が渡されている間をかまぼこ型に漆喰が塗り込められていて、内部の環境維持に機能していた。
上階に登る階段が見える箇所もあり(上がれないが)、樽を保管するために壁が樽の丸みの分をへこませていた箇所もある。
半田のこの一帯は、半田運河の倉庫も復元していて、運河沿いを散策したり、醸造が盛んな地域ならではの食事をしたりができるような取り組みが始まっている。「國盛 酒の文化館」や「ミツカンミュージアム」など中野酒造株式会社が関わる場所と、中埜家の洋館のように半田市が関わるものが集まっている。どちらも見学に予約が要るとか、時間が決められているなど、常にアクセスできるわけではないけれど、取り組みが進んでいきそうな雰囲気である。
ショップで買ってきたちんとろ最中。
住吉ちんとろ祭の「ちんとろ船」がデザインされた最中とそのパッケージがかわいい。

旧中埜家住宅の公開日
重要文化財旧中埜家住宅自由見学DAY(令和8年9月)|半田市公式ウェブサイト
国の重要文化財となっている「旧中埜家住宅」を半田市が自由見学DAYとして公開している。予約無し、無料で、好きな時間に行って上がって、見て、帰ってこればよい。
無料公開、たいてい春と秋に数回、今年の秋の公開日が始まった。9月の土曜日4回、午前10~12時である。
うちからはふらふらドライブで1時間強で着く。ちょうどこの住宅の隣にコインパーキングがある。徒歩の場合は名鉄知多半田駅から近いし、JR半田の方でも歩ける(と思われる)。
ところで旧中埜家住宅って何か。
中埜家住宅は第10代中埜半六(はんろく)の海が臨める別荘で、半六がイギリス留学で気に入ったというハーフティンバーの暖炉付きの洋館である。
半六は代々は衣浦港を半田運河として整備し、海運業で財を成した地元の名士で、この別荘は第10代半六が明治44年(1911年)に建てた。設計は鈴木禎次(ていじ)で、名古屋地域の近代建築を一手に担った建築家である。
ちなみに、半田で中埜というと尾張の人間は「ミツカン」と思う。ミツカン酢の醸造業は中埜又左衛門(またざえもん)家が興した。当主が代々同じ名前なので誰がどこまで活躍したかが紛らわしい。このミツカン創業者の中埜又左衛門も、この別荘を建てた中埜半六も、本家である中埜半左衛門(はんざえもん)家の分家に当たる。
10時半頃到着して、洋館のハーフティンバー様式を外から確認しつつ、中にはいる。写真に見えるバルコニーは内部からはアクセスできないので、外からよく見直すとよい。バルコニーのアイアンワークも各所にデザインが凝らされていて、バラもモチーフも見える。庭にはバラが咲こうとしている。たしかにイギリスやスコットランドを感じる。漆喰壁の足元には石の埋まった意匠もあり独特である。右手の出窓は客室のもので、中から見るとレリーフの縁取りが壮麗である。

玄関の扉は開かれていたのでじっくり見ることができなかったが閉じると円の意匠が現れる。写真ではそこにもバラのデザインがなされているようだ。
入ると広間と呼ばれる空間がある。左手の応接の部屋が最も豪華で、特注の家具の細工もおしゃれだ。この左心の右手に暖炉がある。天井にはガス灯があったそうで、痕跡のみ残る。
暖炉もガスを利用したようなので、火をくべることができるのかは分からないが、この部屋の暖炉が屋敷のなかで最も良い素材のもので、大理石が使われている。アイアンワークも手が込んでいた。

半田はガス事業の発祥も早く、現在の東邦ガスにつながる。そのガスをいち早く取り入れている。
一箇所、ドアのノブの趣向を凝らした工芸を見つけた。他のドアは丸い真鍮のような素材のドアノブだった。

1階の部屋は、居間、食堂、寝室と続く。裏には女中部屋と書生部屋がある。その付近に電話設備が2箇所ある。交換手に取り次いでもらうタイプの電話である。

電話の左上のほうにあるのは女中を呼ぶための呼び鈴である。それをやるのは、イギリス貴族だ。
2階に上る階段には天然のリノリウムが敷かれている。貴重な当時の設備である。2階の和室は公開されていないので、階段の上まで行って、広間と天井を見るだけである。
外に出ると、暖炉の場所には煙突があったことが分かる。昭和初期の写真を見ると、煙突になっているように見えるが、今は屋根がかけられているようだ。

この洋館は2000年代まではティールームなどに利用されていたが、老朽化が激しく、いちどは取り壊しが決まったそうだ。その後関係者の働きもあり、希少なリノリウムや、屋根のスレート(これも天然の)、ガス器具など、文化財として貴重なものもあるため、修繕が始まり現在に至るという。
創建当時は海が見える位置だったというが、現在は海岸が遠のき、ビルも増え、名鉄駅もあるので、町中の洋館である。
MRIの日
手指が腫れて突っ張っているので総合病院で診てもらったのが今週の頭だった。診断はつかず、検査となった。
今日がその検査のうちMRIの撮影日だった。15年ぶりのMRIだ。
着替えが用意されているので普段着で来るようにということだったが,看護師さんがわたしの装いを見て「そのまま行けそうだ」というので、着替えずに検査となった。一応、金属探知棒で金属チェックはしてくれた。
昨今は手だけ入れるMRI機もあるそうだが、今日の病院は全身入るあのよく見るMRIに全身出入り、手だけ別の器具に載せて,多分そこだけ撮影する。
手の甲側から撮影するために、体全体もうつ伏せになる。その体勢はなかなか辛かったが、撮影自体は全身のときより楽だった。昔より例のガンガン音は弱めになっている。一応音楽のヘッドフォンをつけてくれるが、それがなくても大丈夫だったかも。
全身よりは短時間で終わったようにも思う。10分程度の撮影と、撮影間の待機時間を合わせて15分ぐらいだったかと思う。
撮影のタイミングで「次の撮影は2分です」みたいなアナウンスが聞こえて、2分だったり、1分だったり、30秒だったりの時間音が激しく鳴り、撮影してるなということが分かる。
終わって、変な体勢から立ち上がるのに苦労しつつ、やっと帰宅と思ったら、精算に30分待たされたのだった(通常会計とは違う手続きが必要だったのを知らずに待っていた)。
うずらー吉兆を叫ぶ鳥
豊橋美術博物館で開催中の「うずら」展に行った。豊橋市制施行120周年記念なのだそうだ。養鶉の歴史を紐解く展卵会、卵の図は意外となかった。

主に雌雄のうずらが描かれた掛け軸や、四十八羽のうずらが描かれた屏風など、「鶉図」なる図画を堪能した。万葉集や和歌集に現れるうずらの紹介、うずらを象った工芸作品、うずらを愛でる文化、養鶉(ようじゅん)の歴史や方法、いろいろな歴史資料も展示されて、初めてうずらについて知ることも多かった。
「御吉兆」と聞こえる鳴き声が縁起良いとされる。表題の吉兆を叫ぶとは、そういうことである。中国では鶉を「あん」と発音するため安心の意味で吉とされていたそうだ。
そもそも、鶉という鳥がどのような形状、サイズ感なのか、あまり印象にないほど鶉との接点がなかったが、ビデオで鶉の姿と鳴き声を流しているのを見て、なんとなく骨格や羽、くちばしの様子などを学んだ。こうしてみると、鶉の羽の重なることでできる模様は独特で芸術点が高い。一定の模様をなすパターンと白の差し色、胸側の白さ、意外な足の長さ、どのパーツもなかなか良くできている。何より全体の形がいい。
鳴き声バトルの流行った時期もあったとかで、カゴにマイウズラを入れて一同に介し、「鳴き合わせ会」を開いていたという。そのために野生の鶉を網で捕獲したり、鶉に鳴き声を習わせて英才教育したりしていたようだ。今は野生の鳥を捕獲してはいけないのでそんな文化もなくなった。
工芸品は、木製やガラス製、陶製など様々な素材で鶉を象った置物や道具、また皿や湯呑などに描かれた鶉など、それぞれかわいらしかった。ガラスの箸置きなどうまい形で拵えられていて気に入った。民藝運動の河井寛次郎による鶉斑文盃(うずらはんもんはい)は独特の鶉斑、これは羽模様をデザインしたもので、飽きずに眺めることのできる盃だった。
食用の養鶉採卵の歴史資料もあり、展覧会会場の外ではうずら卵やその加工品がお土産用に販売されていた。
ミュージアムカフェのうずらカップケーキ、かわいくておいしい。

総合病院送りになった
包丁で切ってから、なぜか指が腫れていたが、先週25日にやっと近所の外科へ行きレントゲンを撮った。しかし、特に骨には問題はないので、何が原因か分からないということで、大きい病院へ送られた。その病院に今朝行って、レントゲンを再確認してもらうも、これ見る限りは問題ない、骨の内部のことまでは分からないのでMRI撮影と、血液検査をするね、という話になった。
血液は今日取られ、MRIは今週末に再訪して撮影サれる予定だ。さらに来週、手の専門医がいる日に検査結果をお話するということになった。今日は血を取られただけで、治療はなかった。
無理に指を折り曲げられたので、痛かった。触診では「全体につっぱてるね、曲がらなくなるといけないから曲げるようにしたほうがいい」と言われた。しかし炎症が怒っているので安静にしている。
鈴木愛美 ピアノ・リサイタル
プログラム
シューベルト:高雅なワルツ集 D 969 Op.77
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第20番 ト長調 op.49-2
シューベルト:即興曲集 D 899 op.90
シューベルト:アレグレット ハ短調 D 915
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第32番 ハ短調 op.111アンコール
シューベルト 楽興の時 第2番 変イ長調 D780 Op94
推しがシューベルトとベートーベンのリサイタルをしたので、しらかわホールへ行ってきた。シューベルトの即興曲集で滑らかな波に乗れて気持ちよかった。ベートーベンもアンコールも全部良かった。
世界に出ていく日も近い。
指の負傷から2ヶ月
キャベツを切っていて指も切ったときから2ヶ月経過したが、まだ指が満足に使えない。傷口はやっと爪として切られて消えたが、指全体が腫れて、曲げると痛いことが続いていた。
自然治癒すると思っていたが、さすがに病院へ行くべきかと思っていた今週、忙しさもあって行ってないが、微かに治癒の兆しを感じる。まだ関節が曲がらないし腫れているのでタイピングミスが多い。
目の調子もよくないのだが、病院嫌いでなかなか腰が重いし忙しさもあるしで、自然治癒のちからを信じすぎているかもしれない。
体調といえば、一日3食だと消化しきれないので、2食ぐらいを基本におやつで調整している。
タンパク質が摂取できるおやつはいい。豆乳のゆるめのゼリー寄せ(無糖)を、一昨日買ってきた赤津焼きに入れて、きなこと黒蜜をかけてみた。

レシピは奥薗壽子さんの。
瀬戸蔵ミュージアム 新収蔵品展
多治見まで行った帰りに、瀬戸記念橋のところの「瀬戸蔵」に寄った。美術館の新しい収蔵品を見るためである。過去に一度入館して楽しんだが、しばらくは瀬戸もののショップに来ることはあっても、美術館には入っていなかったので、それ以来だ。チケットのJAF割りが嬉しい。
まずは名鉄瀬戸線の歴史の場面があり、奥にモロと呼ばれる伝統的な瀬戸ものの作業場の再現がある。ゴールデンウィークに本業窯を見学したので、より理解しながら見る。
種類ごとに生産品が展示されているところ、さらに猿投、多治見、瀬戸の発掘遺跡の陶磁器が年代順に並ぶ展示を見る。最後に収蔵されたばかりの品を鑑賞。黄瀬戸のボタンっていうのがすごい。
たくさん鑑賞して,御深井(おふけ)釉が好きすぎることを再度自認する。色もいいけど(濃紺から水色まで濃淡がある、やや緑)、独特の抽象的な模様になるところもいい。
美術館を出て階下のショップでうっかり出会ってしまった茶碗を買う。赤津焼きの御深井で、初めて見るタイプである。帰宅して早速豆腐を盛ってみた。良い。

吉田璋也のデザイン 新作民藝運動がめざした未来

吉田 璋也(よしだ しょうや)は、医師で民芸運動家である。鳥取出身で、軍医として中国に滞在したこともある。民藝品の収集はもちろん、さらに、実業家の側面もあり工芸品の店を持ち、自らのプロデュースした食器や家具などを販売してプロモーションに励む。
釉薬のかけ分けが斬新な食器や、医師として働く医院の家具や調度などデザインしている。民具の調査や収集から進み、新たに民具をデザインして製作販売まで手がけ、販路を開きつつ定着を企てた。
多治見市のセラミックパークMINO内、岐阜県現代陶芸美術館で開催中の民芸運動関連の展覧会である。

この場所、まだGoogleマップもない昔のこと*1、陶磁器の美術館巡りの流れでたどり着いたことがあって、今回2回目の訪問である。素敵な建築物、茶室、カスケード、展望台などがある良いところである。ただし、いつ行ってもレストランは閉まっているし茶室も閉ざされている。
それと、偶然一昨日ぐらいのテレビドラマのロケ地として映ったらしく、混雑を心配したが、それは大丈夫だった。
もっと遠いと思っていたけれど、運転に慣れたからか、すごく遠いということはなかった。行けるか心配で途中でショッピングモールに寄った。そこで家具を見たり、昼ごはんを食べたりしてから行った。懐かしいセラミックパークにあっけなく着いた。それと、駐車場から本館まで、かなり歩いた記憶があったけれど、そこまで長距離でもなかった。記憶更新。

ところで、9月にスリップウェアの販売があるらしい。少し気になる。それと、多治見の織部ストリートも寄るかどうか迷ったけど、寄らなかったので、近いうちに多治見は再訪するかもしれない。
*1:2004年3月だった。22年前だ。残っている写真はニコンのコンデジで撮影していた。
フライパンを久しぶりに買い替え
最もよく使う20センチ径のフライパンが、ついに寿命というか、卵やご飯がくっつくようになった。5年以上使っていたのでうちの統計的に見てかなり長持ちしていた。ちなみに購入時には4年間保証がついていた。
イタリアのバッラリーニというメーカーのフライパンで、最初に家に届いたときには「しまった小さすぎた」と思ったやつだが、予想に反し、使ってみるとむしろ便利なサイズだった。くっつかないのはもちろん、滑りが良くて、適度な重さも良い。アルミニウムにコーティングされている素材だという。このサイズは小さいので洗うときもじゃまにならない。
同じ頃に買った定番のT-falのフライパンは24センチぐらいだと思うが、通常4年で寿命が来るところ、バッラリーニとの併用で5年使えた。こちらのサイズもバッラリーニに買い替える予定だ。
残念ながら、5年前と同じシリーズがないので、同等の新シリーズで20センチと24センチの2種類を注文した。
経県値に再会

90年代だったか2000年代に入った頃だったか*1、経県値のサイトがおもしろくて、コンテンツを楽しんだり経県値マップを作ったりしていた。
それがアプリになっていたことを今日初めて知った。
しかもユーザー数月間20万人の人気アプリである。SNSに旅の記録を投稿する時のデータベースとして使える。今年のアップデートでは県だけではなく市町村も登録できるようになったとか。
20年ぐらい前に比べると、北関東や新潟など経県が増えたけれど、まだ東北や九州は未経県である。迷っていた九州へ行くモチベーションになった。
マップを編集してから、そういえば富士サファリパークへ行ったときに御殿場に泊まったぞ、と思い出したので128点だ。
市町村もやり始めると、記憶との戦いになるし時間が溶ける。定年後の楽しみに取っておく。
*1:2005年にWEBサービス、2018年にアプリ化とのこと
変わり者たちの秘密基地?
久しぶりに一般書を読んだ。
ミンパクチャン ・樫永真佐夫(監修)2025.『変わり者たちの秘密基地 国立民族学博物館』CEメディアハウス.
過日訪れたみんぱくこと国立民族学博物館。
すっかり魅了されているわけだが、この世界の民族ごとの博物を展示しつつ研究機関ともなっている博物館を取材した書籍である。
所蔵品30万点以上を集めた研究者の皆さんの、収集の武勇伝的な秘話や展示の方針、研究の異色なところ(民族学とか文化人類学の偶発的な性格もあり)、収蔵・資料の保管方法、企画展の裏話を満遍なく取材している。ミンパクチャンという著者の名前からも分かる通り、民博に取り憑かれてしまったライターさんということのようだ。
書ききれないけれど、内容があらすじを許さないので、このぐらいにしておく。
チキンノブ
チキンノブを買った。
・・・なにそれ。
ストウブのフタにはもともとブラスの丸いノブ(つまみ)がついている。調理すると鋳物の本体もフタもつまみ(ノブ)も熱せられて触れない事態になる。
ストウブの公式が出しているココット鍋のフタのつまみに、アニマルノブのシリーズがある。そのうち鶏の形状のやつを買った。それがチキンノブである。
真鍮ではなくステンレス製である。
形も違うが、熱伝導の点でも性質が異なる。したがってかわいくて、しかも、あまり熱くならない。
装着すると、こうなる。

工具(ドライバ)で真鍮のツマミを外してみたら、ネジの内部は少し錆びや油汚れなどで微妙に劣化していた。まだ2年弱しか使っていないのでサビサビということもなく、健康な状態ではあったけれど、ただ、そのまま使い続けると錆びが出てネジが回りにくくなるという。鋳物の本体を酢で洗うときに、フタのネジ部分もメンテナンスをすると良さそうである。
アルミのチキンノブは錆びにくいかも知れないが、ネジはたぶん手入れが要る。たまに外すといいのだろうが、ドライバを出してくるのが面倒だ。
メリットは、なにより、かわいいことと、鍋本体に優しいこと、調理中でも素手で持ちやすいことと、フタを置く時意外と邪魔にならずに置けることだ。
デメリットもある。アニマルシリーズはちょっと高い。これだけで鍋1つ買えそうな値段をしている。