今年の名古屋国際音楽祭の2つ目、「ミハイル・プレトニョフ ピアノ・リサイタル」に行った。熟練というか、目を瞑っていても手放しでも運転できるもんという域で、聴衆はピアノに向き合うプレトニョフを外から見ている感じだった。実際、休符位置でしょっちゅう手をだらんと下ろす様子が見えて、あんなに手をおろして、よく弾けるなと思うが、そういうのも熟練の職人の工程に組み込まれた仕草なのだろう。職人の作業を興味深く見るという体だった。
ベートーベンのソナタは、特に14番の第3楽章は激ムズのはずだが、歯磨きして顔洗うみたいに簡単そうに弾いていた。
しかし、なめらかで技巧も馴染んだ演奏を聴いても、なぜか「なにか悩みでもあるのかな」という勝手な印象が湧いてきた。もしかしたら、シゲルカワイの柔らかな音がそういう慕情を引き出すのかもしれない。
グリーグは抒情小品集を45分ぐらい休憩なしで駆け抜けた。
抒情小品集の中には風景を描く作品が多くて、例えば静寂の森の中の鳥のさえずりが悲しくも美しい緊張感を生み出すといったみずみずしさを期待するのだが、プレトニョフの鳥は記憶の中で飛んでいるような、懐かしいふるさとみたいな、別の味わいがあった。
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ
第8番 ハ短調「悲愴」 Op.13
第14番 嬰ハ短調「月光」 Op.27-2
グリーグ:抒情小品集より
「祖国の歌」 Op.12-8
「子守歌」 Op.38-1
「蝶々」 Op.43-1
「エレジー」 Op.38-6
「メロディー」Op.38-3
「小鳥」 Op.43-4
「小川」 Op.62-4
「郷愁」 Op.57-6
「即興的ワルツ」 Op.47-1
「おばあさんのメヌエット」 Op.68-2
「過ぎ去った日々」 Op.57-1
「夏の夕べ」 Op.71-2
「スケルツォ」 Op.54-5
「孤独なさすらい人」 Op.43-2
「ノクターン」 Op.54-4
「小妖精」 Op.71-3
アンコール
グリーグ :民俗生活の情景-ピアノのためのユモレスク 謝肉祭より Op.19-3
Grieg, Edvard Hagerup:Folkelivsbilleder - Humoresker for piano "Fra Karnevalet" Op.19-3
アンコール曲になり、観客に向き合うような演奏になったような印象である。それまでは熱い拍手は送りながらも冷静に受け止めていた観客が、アンコール後はブラボー的な声を飛ばして称えていた。